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2012-09-18

百合語り #38(アメコミ語り #15): 「好き」という免罪符、「愛」という名の赦免状

 ぐちぐちな愚痴なので苦手な人はスルーを。

 アメコミや百合を好きでいると、時々自分が好きな物が偏見や悪意にまみれた攻撃を受けているところに遭遇することがある(外部からか内部からかの差はあれど)。

 情報で補える部分であれば私も時々取り上げてフォローというか突っ込みをしているが、好き嫌いという感情に根ざした物は突っ込んでも互いに感情的になってしまって結局互いに不愉快になるだけで何の意味も無い。だから最近はこういう話題事態を避けるように努力しているのだけれども、それでも目に入ってしまって陰鬱としたものを心に囲ってしまうことに。

 別に「嫌い」というのはいいし、それに対して攻撃的になるのもわかる(しょうがなくないけどさ)。私にも「嫌い」なものはあるし、それに対して攻撃的な態度を取ることはままあるわけで。ただそれが自分の「好き」なものを持ち上げることで「嫌い」なものを攻撃したり、「嫌い」なものを貶めることで自分の「好き」なものを持ち上げる行為(まあほぼ同じことだけど)になることが本当に生理的に大嫌い。

 結局そういうのは何かを「好き」であるということが自分のステータスであり、「好き」の対象のステータスと自分の価値を同一しているからこそ起きるもので、それは本来の「好き」から遠くかけ離れたものじゃないか。自分が日本人だからといって日本が凄いということが自分が凄いと言われてるように感じではしゃいでしまう似非ナショナリズムと同じで。

 それが自分の中で完結しているならまだしも、こういうのって必ずといっていいほど外に向けて発信される。そして自分ageのために攻撃され貶められるものを好きな人間の事なんてこれぽちも思いを巡らすことなく、仲間内ではしゃいで終わるんだ。

 いや、ほんともう勘弁してください。

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